大阪高等裁判所 平成9年(ネ)3329号 判決 1998年9月10日
主文
一 本件控訴をいずれも棄却する。
二 控訴費用は控訴人らの負担とする。
理由
一 控訴人らの原審訴訟手続の法令違反の主張について
原審記録によれば、原審裁判所は、原告ら(被控訴人ら)代理人は医学に関しては全くの素人であるところ、被告ら(控訴人ら)が医学的にありえない事実について強弁を繰り返しており、今後も同様のことが予想されるので、救命措置等にかかる専門知識をもつ医師である福増を輔佐人として許可してもらったうえ、その補助の下に、迅速かつ効率的な尋問を行いたいとの理由に基づく被控訴人ら代理人からの輔佐人許可申請に対し、平成五年二月二三日に許可決定をしたことが認められる。そして、証人福増によれば、同人は、昭和四二年に京都大学医学部を卒業し、昭和四三年一二月に医師免許を取得した後、心臓外科を中心に医療に従事してきた医師であり、平成二年三月に武田総合病院心臓血管外科部長を退職した後は、医療紛争に関して患者側の立場で助言等を行ってきた者であることが認められる。
控訴人らは、被控訴人ら代理人は医療過誤訴訟の経験もある弁護士で、医療専門家を輔佐人とする必要はなく、福増に輔佐人としての資格もないと主張しているが、医療等の専門的知識が必要とされる訴訟について、輔佐人を許可するか否かは、事案の内容や訴訟経過に基づき裁判所が合理的裁量により決定することができるものであり、本件について輔佐人許可の決定をしたことが右裁量を逸脱した不合理なものであると認めることはできない。また、福増の前記経歴によれば、同人に本件の輔佐人としての資格がないということもできない。
輔佐人が、当事者の意思に反しない限度で尋問することに何ら問題はなく、輔佐人に証人適格があること及び輔佐人作成の文書に証拠能力がないとはいえないことも明らかである。
したがって、控訴人らの前記主張には理由がない。
二 事実経過
《証拠略》によれば、以下の事実が認められる。
1 一郎は、昭和六〇年七月一五日、控訴人松本により両鼠径部の硬結(先天性へルニア)と診断されたが、その後次第に硬結が増大し、頻回に硬結が認められるようになったため、同控訴人から根治術が必要であると診断されて、その手術を受けることになった。そして、昭和六一年四月一〇日ころ、控訴人松本から被控訴人花子に同月一二日の午後に右手術を実施する旨の連絡があり、一郎は、同月一二日午前九時二〇分ころ、被控訴人花子に付き添われて松本外科に入院した。
2 控訴人松本は、幼児のヘルニアを含むヘルニアの麻酔手術を多数例経験していた。同控訴人は、松本外科で麻酔を要する手術を施行する場合には、本件以前から、神戸大学医学部の後輩にあたり、当時同医学部附属病院の第二外科(心臓血管外科、胸部呼吸器外科、消化器外科等)の助手として勤務していた控訴人石井に依頼して、麻酔担当医として手伝ってもらっており(その中には、ヘルニアの手術も多数あった。)、本件手術も全身麻酔による手術であったことから、予め控訴人石井に麻酔担当医としての補助を依頼し、その承諾を得ていた。
3 一郎の入院後、看護婦が一郎の体重及び身長を測定しようとしたが、一郎が嫌がったため測定はなされず、体重だけは被控訴人花子が自宅で測った結果(一三キログラム)を看護婦に伝えた。また、一郎は、看護婦により、体温、脈拍、血圧の各測定を受けたが、血圧測定の際泣いて嫌がった。
控訴人松本は、ヘルニアの手術を行う場合には、その三、四日前に必ず診察し、聴診器で患者の全身状態を調べ、心電図と、赤血球、白血球、ヘマトクリット、血液像、血小板等の一般検血を行っていたが、一郎については、右一般検査を行わず、また、心電図は、手術の際のモニターにより判断できると考え、術前検査としては行わなかった。
一郎について作成された診療録中の麻酔記録の裏面には、「麻酔術前記録」の記入欄が設けられており、その「一般状態」の「体重」欄には一三キログラムと、「体温」欄には三六・七度と、「脈摶数」欄には一二〇と、「血圧」欄には「一〇二/」と、それぞれ記入されているが、「既往歴・自覚症(心肺疾患留意)」、「栄養・体格」、「身長」、「呼吸数」、「口腔咽喉」、「心臓」、「肺」、「腹部」等の欄には何も記載されておらず、また、「検査所見」の「検血」、「検尿」、「呼吸器系」、「心電図所見」、「肝機能所見」等の各欄にも何も記入されておらず、「術前状態」の「血圧」欄には「一〇二/」と、「脈摶数」欄には一二〇とそれぞれ記入されている。右記入のない部分の検査は行われなかった。
4 同日一三時ころ、一郎は、前投薬として硫酸アトロピンを臀部に注射され、その後三〇分余り経ってから手術室に入れられた。一郎は、右注射をされた時から泣きだし、手術室に入るのを泣いて嫌がったが、被控訴人花子は右手術室前で看護婦に一郎を引き渡した。
5 控訴人石井は、本件手術開始予定時刻に松本外科に到着することができなかった。控訴人松本は、控訴人石井の到着前に、同控訴人がまもなく到着するであろうことを見越して本件手術の準備を始めたが、手術室に入った一郎が泣いて興奮状態にあったため、看護婦らが一郎を両脇から押さえつけ、その状態で控訴人松本が、一三時三〇分ころ、一郎に対しマスク麻酔の方法によるGOF麻酔(笑気ガス、酸素、フローセンを一緒に投与する麻酔・以下単に「麻酔」という。)の導入を開始した。そのうち、麻酔が効き始めて一郎が静かになったので、看護婦らが一郎の手足を抑制し、一郎に心電図モニター、血圧計及び聴診器を固定装着した。その後まもなくして、控訴人石井が手術室に入ってきたので、控訴人松本は、控訴人石井に麻酔管理を引き継いだ。なお、心電図モニターの記録は、後記一郎に心停止が発生するまでは取られていなかった。
6 本件手術に立ち会った看護婦は、手術を直接に介助するいわゆる清潔(消毒)看護婦として小川千加子、血圧・脈拍・呼吸数等の測定、看護記録の記載、薬品・衛生材料・手術器具等の補充を行ういわゆる不潔(不消毒)看護婦として嵐千佐子、長谷、岸本、本村の五名であった。長谷は、正看護婦の資格を取るため通学していた看護専門学校の関係で手術室への入室は若干遅れたが、執刀前には入室していた。
看護婦が行う血圧及び脈拍の測定は、血圧については腕部にマンシェットを巻いて行い、脈拍は手首の橈骨動脈で測定した。松本外科では、脈拍を測定する看護婦がその時の血圧も測定するのが通常であるが、別の者が測定することもあった。看護婦が血圧及び脈拍を測定した場合は、その結果をその都度医師に報告し、手術室に準備した看護記録に記載するが、測定した結果のすべてが看護記録に記載されるとは限らず、その記載者も、測定者自身がする場合と、測定者から測定結果を聞いた他の看護婦が記載する場合があった。
本村は、控訴人松本の執刀前から、一郎の血圧及び脈拍の一方又は双方の測定をし、その結果を医師に報告のうえ、看護記録に記載した。脈拍の測定は、橈骨動脈で五秒間測って確認した脈拍数に一二を乗じた数をもって一分間の脈拍数とする方法によっていた。長谷が手術室に入室した後は、同人が血圧を、本村が脈拍を測定することとした。
7 一四時ころ、控訴人松本の執刀により本件手術が開始された。控訴人石井は、心電図モニターで脈拍数を確認し、聴診器(左前胸部に絆創膏で固定)で心音を聞き、心拍数を測り、更に一郎の頚動脈をマスクを保持している手の小指で触れて脈拍を測るなどして、麻酔管理を行った。マスクは、マスクバンドで一郎に固定されていた。右執刀開始後、控訴人松本のメス操作時に一郎が少し動いたので、控訴人石井は、麻酔が未だ浅いのではないかと考えて、フローセン濃度を二パーセントから二・五パーセントに上げ、その後血圧が少し下がり気味になったので、同濃度を二・五パーセントから二パーセントに下げた。
控訴人石井は、右の方法による測定結果をその都度麻酔記録に記載した(但し、心停止後の分は蘇生術が終わった後に記載した。)が、脈拍については、看護婦の測定結果の報告も聞いて、控訴人石井自身が間違いないと考えた測定結果を記載し、血圧については、看護婦の測定結果を記載した。
控訴人松本は、一郎の下腹部を横切開し、先ず右側から手術を行ったが、ヘルニア嚢の壁は肥厚著しく、周囲と強固に癒着していたので、これを剥離し、ヘルニア嚢の内腔に迷入していた直径約四センチメートルの小腸を還納し、できるだけ高位にヘルニア嚢を結紮切断し、ファーガソン法で鼠径管前壁を強化し、次いで左側の手術に移行しようとした。
8 控訴人松本が左側の手術に移行してまもなくの一四時四八分ころ、控訴人石井は、一郎に無呼吸、心停止が生じたことに気づき、控訴人松本にその旨告げて手術を中止するよう求め、控訴人松本は直ちに手術を中止した。
9 控訴人らは、一郎の切開部をそのままにした状態で、直ちに気管内挿管して酸素(量を倍加して四リットル)を流入させ、また、心マッサージ、強心剤の投与(心停止後の最初は、点滴路の三方活栓から、ボスミン、メイロン、塩化カルシウム、ソルコーテフ等を静脈注射、その後ボスミンの心腔内注射等)、その他の蘇生術を行った。一郎には、心停止後の当初に心室細動が見られたが、結局一郎は蘇生せず、死亡した。
松本外科には、除細動機は備え付けられていなかったため、これによる救命措置は行われなかった。
三 本村証言の評価
1 本村供述の要旨
(一) 控訴人松本が麻酔を開始後まもなくの時点で、一郎は、呼吸する度にみぞおち辺りが陥没するような状態(陥没呼吸)であった。
(二) 血圧と脈拍は、自分と岸本が、二ないし五分おきに測定して看護記録に記載していた。途中、岸本が病棟の患者の検温のため退室してからは、長谷が入室するまで、自分一人で測定していた。
(三) 一郎には脈拍の結滞(飛ぶこと)が見られた。これも看護記録に記載した。血圧も、聞こえにくかったことがあったので、触診で測定したことがあった。しかし、血圧はすぐに安定した。
(四) 控訴人石井が手術室に到着したのは、控訴人松本の執刀開始前後であり、おそらく開始後と思う。控訴人石井の入室前に一郎の脈拍が二〇〇(一分あたり。以下同じ。)を超えたことがあり、同控訴人到着後、同控訴人に事後報告した。
(五) 本件手術中、控訴人石井が控訴人松本に対し、挿管しているか尋ねたところ、控訴人松本は、挿管は気管内チューブがないのでしていないと答えた。これを聞いた控訴人石井の顔色が変わっていた。幼児用の気管内チューブを自分は見たことがないし、嵐千佐子は控訴人松本にこれを買ってほしいと言っていると聞いていた。
(六) 血圧測定を長谷と交替して以降も、一郎の血圧に異常はなかった。
(七) 次の手術もあったので、手術の終わりに近く、控訴人松本が縫合をしているとき、自分はトイレに行くため手術室を出たが、退室直前の一郎の血圧に異常はなく、脈拍は九〇前後で、一郎にチアノーゼは見られなかった。
(八) トイレから戻る途中、嵐千佐子が近くの明舞中央病院から除細動機を借りるため電話をしているところに出くわした。
(九) 手術室に戻ると、一郎は呼吸をしておらず、心電図モニター上心室細動のみがある状態であった。自分が手術室を離れていたのは五分間程度であったと思う。
(一〇) 控訴人石井が一郎に対し、アンビューバッグから酸素を送り、心臓マッサージをした。控訴人松本は、茫然としており、救命措置を自らはしないまま、「もう助からない。」というようなことを言って、手術室から出ていった。救命措置としての気管内チューブ挿管もなされなかった。
(一一) 看護記録は、手術当日作成した。看護婦のサインはすべてなされていた。
(一二) 本件看護記録は、本件手術の一ないし二週間後、岸本と長谷がメモ用紙を持ってきて、そのとおり空いている箇所を埋めるよう要請し、自分は真実と異なる内容であったので抵抗したが、同人らに押し切られた。看護記録の書き直しは控訴人石井の指示であると岸本から聞かされた。
2 本村供述に対する疑問
(一) 本村の証人尋問期日(原審第一〇回)に提出された同人作成の報告書(甲六)には次のような記載があり、これらは本村供述と矛盾するとも考えられる。
(1) 控訴人石井が手術室に到着してすぐに控訴人松本による執刀が開始された。
(2) 執刀開始後、一郎の脈拍が二〇〇を超えたことがある。
(3) 看護記録は、本件手術当日記載した。一郎にショックが生じた以降の分については、嵐千佐子が主要な部分を記載し、投薬等の簡単な部分は他の看護婦が記載した。
右のうち、(1)及び(2)については、証言中で記憶違いがあったので、訂正するとしている。しかし、右のような記憶違いが何故生じたのか明らかでない。また、(3)については、ショックが生じた以降の分を記載したのが手術室内で救命措置をとっていた時であると理解すれば、矛盾はないことになるが、一郎に対して蘇生術を施している緊急事態発生時において、看護記録に記入することは通常想定し難く、そうとすれば、蘇生術が終わった後、本件手術当日に看護記録中の一郎に異常が発生した後の部分を数名の看護婦が記載したということになるところ、このようにして完成された看護記録を後日また訂正したという点について、証言中では詳しい説明がなされていない。控訴人らが主張している、本件手術当日に控訴人石井らと岸本及び長谷が、一郎に異常が発生した後の看護記録の記載について相談し、その結果を下に、本村に関係部分を記載してもらったとする事実との関係も問題となる。
(二) 他の証拠により認められる事実との間の矛盾
(1) 松本外科には、幼児用の気管内挿管チューブはなく、本件手術当日も使用されていないとする点は、関係証拠により、前記認定のとおり、むしろ反対の事実が認定できる。
(2) 控訴人松本が救命措置を全くしなかったとする点についても、証人岸本、同嵐千佐子、同控訴人本人(一回)及び控訴人石井本人(一回)によれば、むしろ心臓マッサージは控訴人松本が中心となって施行したことが認められる。
(3) 証拠(乙三の1ないし3)によれば、松本外科では、看護記録に関係看護婦全員のサインがない例もあることが認められる。
(4) 本村がトイレのために途中退室し、その帰りに除細動機を借りるための電話をしていた嵐千佐子と出くわしたことは、証人嵐千佐子によっても認めることはできるが、同人が除細動機を借りようとしたのは、心臓マッサージ等が功を奏さなかった後のことであると同人の証言等から推認できる(同証人は一五時五三分の静脈切開の後であると思うと供述している。)ところ、本村が供述する、同人が手術室に戻った際の状況は、右事実と矛盾すると考えられ、また、本村が退室していた時間は五分より長かったのではないかとの疑問を払拭できない。
3 本村供述の評価
(一) 本村が、かつて自己が勤務していた松本外科において、看護記録の改ざんがなされたという趣旨の供述をしたことは、類似の事例が多いというものではなく、むしろ極めて稀な例であるということができ、勇気のある証言であると評価することも可能なものである。また、同人が右のような証言をすることにより利益を得るとは考え難く、むしろ、不利益を被るおそれまであるということも可能である。したがって、このような証言の信憑性を疑うことには慎重であるべきことはいうまでもないところである。
(二) しかしながら、以上に説示したところによれば、本村供述には、重大な疑問が存在することもまた事実である。特に、気管内挿管がなされなかったこと及び控訴人松本が何ら救命措置施行に参加しなかったことを供述していることからは、同控訴人に対する敵意の存在を疑うことができるものであり、その供述全体の信用性に疑問を生じさせるものであるということができる。結局、同人の供述は、重大な事実に関するものであるにしては、客観的事実と矛盾する点もあり、前記報告書との間の自己矛盾も指摘できるし、更には、雇い主であった控訴人松本に対する敵意まで疑うことができるものであるから、その全体を採用することには躊躇を感じるといわざるをえないものである。しかし、右(一)で説示したことを無視できないこともまた否定できず、本村供述の枢要な部分である看護記録の改ざんについては、他の証拠関係も検討した上再度判断することとする。
四 本件手術の際の看護記録、麻酔記録等の改ざんの有無(争点1)
1 改ざんを窺わせる事実
(一) 途中退室した看護婦について
前記のとおり、本村は、岸本が病棟の患者の検温のため手術室から途中退室した旨供述しているところ、それが事実とすれば、本件看護記録中の岸本作成部分(甲三四、証人岸本によれば、一四時の脈拍、一四時八分の血圧及び脈拍、一四時一一分の血圧、一四時五〇分の挿管、一五時五〇分、同五三分、一六時及び同一〇分の各記載であると認められる。甲三四中、岸本が記載したことを認めている他の部分は、証人長谷が自らの筆跡であるとしているところから、採用できない。)のうち、一四時以降挿管までの部分は、同人の退室中のことであり(証人嵐千佐子によれば、検温の開始時刻は通常一四時であり、これに要する時間は通常一時間程度であることが認められるからである。)、そうとすれば、岸本が右記載をすること自体が実態とは齟齬することとなり、本件看護記録の信用性そのものに疑問を生じさせることとなるからである。
この点に関して、甲三四で岸本は検温のため途中退室した記憶はないとしている。証人嵐千佐子は、常に一四時に検温をするものではないし、手術に備えて予め済ませておくこともあるとし、岸本に電話で確認したら検温に出た覚えがないということであったと供述している。また、証人長谷は当日の検温は小川千加子看護婦がしたと聞いたと供述している。しかし、甲三四で、岸本は、嵐千佐子と右の点に関して電話で話した記憶はないと供述しているのであり、このことからすると、嵐千佐子の供述を採用することはできないし、証人長谷の供述も伝聞であり、かつ内容も詳細ではなく、しかも、小川千加子は清潔担当の看護婦で途中退室するとは考え難いことから、採用することはできない。
ところで、この点に関して、証人長谷は、本件手術当日の一四時ころ、看護婦のうちの誰かが検温のため退室したことは間違いなく、それは岸本である可能性が大きいと供述している。同証人の供述全体を見ると、岸本と同じく消極的部分が多く見受けられる一方、後記のとおり、控訴人らに有利な供述もしているものであり、このことからすると、看護婦退室の点について本村供述に沿っているのであるから、この点に関する右長谷供述の信用性は高いということができる。
以上の認定、説示を総合すると、一四時ころに岸本が退室したとする本村供述を採用すべきであるというほかない。
(二) 岸本供述について
証人岸本は、原審において、原告ら(被控訴人ら)申請の証人として証言したが、大半の事実について記憶がないとしていた。一方、本件看護記録については、本件手術当日その都度記載したものであると受け取れる趣旨の供述をした。ところが、後日、本件の関連事件(弁論の全趣旨によれば、被控訴人らが岸本に対し、看護記録改ざんの責任を追及するための訴訟であると認められる。)において、被告本人として供述した際の調書(甲三四)によると、同人は、本件手術当日の夕方に控訴人石井に呼ばれて長谷とともに赴き、看護記録の空白部分を補充したが、本村に協力を要請した記憶はないと供述していることが認められる。岸本の右両供述を見ると、本件手術後相当の年月(原審供述が約四年半後であり、甲三四の供述が約一一年後である。)が経過した時期のものであることを考慮しても、全体に消極的であり、記憶がないとして具体的供述を回避する姿勢が顕著であるということができるもので、しかも、約一一年経過後の甲三四の供述では、控訴人石井に呼ばれて看護記録の補充をした旨控訴人らの主張に合致する供述をしていることからすると、控訴人らに迎合的な供述をしているとも見ることが可能なものである。一郎に異常が発生した後の看護記録に空白部分があり、この部分を補充すること自体は十分ありうることであるから、右岸本供述の内容を排斥できるかはともかくとして、同供述に対する以上のような疑問は残るものというべきである。
(三) 長谷供述
証人長谷は、本件手術当日かその翌日、一郎に異常が発生した後の看護記録の空白部分を、自分と岸本、本村及び小川千加子が書き足した、その前に岸本とともに院長室で医師(誰とは特定できない。)とともに、思いだしながらメモ(乙八)を作成した。そして、そのメモに基づき看護記録の空白部分を補充することにした、本村は右補充を依頼された際「偽証するんですね。」と言って抵抗したが、自分は偽証ではないと思っていたので口論となった、という趣旨の供述をしている。同供述は、控訴人らの主張に沿うものではあるが、本村の「偽証するんですね。」という発言は、緊急事態発生時の看護記録の空白部分を補充するための依頼に対するものとしては唐突であり、メモの内容に虚偽部分が含まれていたのではないかとの疑いを生じさせるだけではなく、本村の長谷及び岸本からメモを示されて本件手術の一ないし二週間後看護記録の改ざんに対する協力を要請されたとする供述を参酌すると、本村供述を部分的に肯定したものと見ることも可能なものである。
2 改ざんについての反対事実
(一) 本件看護記録と本件麻酔記録の齟齬
本件看護記録と本件麻酔記録の内容には、特に脈拍についての齟齬が大きいことが明らかである。本件看護記録を改ざんしたものとすれば、本件麻酔記録の数値と一致させるのが通常であることからすると、改ざんを否定するべき事実であるということができる。しかし、看護記録の改ざんについては、看護婦らの抵抗を小さくする目的から必要最小限に止めた可能性もあるものということもできる。
(二) その他の点について
控訴人らは、メモ(乙八)には、本件手術の際の異常発生後救命措置を援助した松田医師の記載した部分もあり、その内容及び作成経過に関する控訴人らの主張の信用性は高い旨主張しているが、控訴人らの主張によれば、右松田の作成部分は、一五時五三分の静脈切開の部分のみであるというのであり、右部分は本件の医療事故にとって本質的な箇所ではないから、控訴人ら以外の医師にメモの一部作成に協力してもらった事実のみから、控訴人ら主張のように解することは相当ではない。
また、控訴人らは、控訴人ら主張の本件手術当日ないし翌日における看護記録の補充に、看護婦全員が参加していないとしても、看護婦らは他の関係者がなした処置等についても把握しているものであるから、何ら不自然ではない旨の主張をしているが、証人嵐千佐子によれば、本件手術当時松本外科の婦長は欠員となっており、同人が婦長代行的な立場であったことが認められるところ、同人は右看護記録の補充には関与していないことが認められるが、関係した看護婦全員によらなくても看護記録の補充が可能であるとしても、右のような立場にあった嵐千佐子がこれに参加していないのはやはり不自然であるというべきである。前記のとおり、本村は一郎にショックが生じた後の看護記録の主要な部分は嵐千佐子が記載したと供述しており、右記載の時期が明確ではないとはいえ、同供述の方が自然であるということができる。
更に、控訴人らは、松本外科の看護記録(乙三の1、4、四の1、3等)には血圧と脈拍について同時刻の分を両方記載しないこともあるから、本件看護記録に脈拍の記載がない部分があることは何ら不自然ではないと主張しているが、右各乙号証を見ると、麻酔導入直後についてはほとんど血圧と脈拍の数値が同時記載されていることが認められるところ、《証拠略》によれば、麻酔導入の際には心停止が起こりやすいとされていることが認められ、そのために麻酔導入直後の血圧及び脈拍の記録については看護婦らもできるだけ同時記載を心掛けていたと推認できるものであるから、本件看護記録に麻酔導入直後の脈拍数の記載がないことは、やはり不自然であるということができる。
3 本件看護記録は改ざんされたものか
以上の認定、説示、特に、岸本が検温のため一四時ころから約一時間手術室から退室していたにもかかわらず、本件看護記録には同人不在中の分まで同人により記載された部分があることからすれば、本村供述を採用して、本件看護記録は、元々存在した看護記録とは別のものであり、後日改ざんされたものであると認めるのが相当である。
控訴人らは、本村は、看護婦としての実働経験も極めて浅く、医療の知識にも乏しいことを指摘しているが、右のような事実が、看護記録の改ざんという単純な事実についての証言の信憑性を左右するものとはいえない。また、控訴人らは、二〇〇を超える頻脈と異なる数値を本件看護記録に記入させられたとの本村供述に対応するような数値の記載は本件看護記録にはない旨主張しているが、本村供述及び報告書を仔細に検討すると、本村は、右頻脈のあった箇所に脈拍の数値を記入しないで本件看護記録を作成したと供述しているものと認められるから、右の主張も理由がない。
前記のとおり、本村供述には、疑問点もあり、採用できない部分もあるが、以上で検討してきたところによれば、その枢要部分である看護記録の改ざんに関する供述は、これを排斥できないというべきである。控訴人石井本人(一回)中以上の認定に反する部分は採用できない。
4 麻酔記録の改ざんについて
看護記録が改ざんされたものであるとすると、麻酔記録についても、その改ざんが強く疑われる。前述のとおり、本件看護記録と本件麻酔記録の内容には齟齬があり、脈拍数に関する齟齬の大きさが誤差の範囲内であると認めるに足りる証拠はなく、むしろ、誤差ということでは説明できない相異があるということができるところ、看護記録の改ざんについては、以上の認定、説示によれば、看護婦らの抵抗を少なくする目的から必要最小限に止めたと推認される。それにもかかわらず、脈拍数について大きな相異が残存したのであるから、麻酔記録の脈拍数は改ざんされたものであると認めるべきであり、また、本村が退室中の血圧についても、疑いに留まるものではあるが、改ざんされた可能性があるものというべきである。控訴人石井本人(一回)中以上の認定に反する部分は採用できない。
脈拍の数値については、測定方法の正確性の点では、控訴人石井が行った方法の方が優れているということはできるが、このことは以上の認定を左右するものではなく、本件看護記録中の脈拍数の記載の方が本件麻酔記録のそれに比してその信用性が高いものというべきである。
5 認定を留保していた本村の供述する事実について
(一) 本村の供述する陥没呼吸の点については、一郎が手術室に入室した際の前記状態からすれば、その可能性があることを否定できないが、それがいわゆる陥没呼吸といえるものであるか否かについては、明確な証拠はないというほかない。
(二) 脈拍の結滞があったとする供述についても、これを裏付ける証拠がないから、採用できない。
(三) 脈拍が二〇〇を超えたことがあるとする点について検討する。
控訴人石井本人(一回)が看護婦から脈拍が一八〇とか八〇と報告されたことが数回あり、計り直すよう指示したとする供述をしているところ、看護婦ら(証人嵐千佐子、同本村、同長谷)は右事実を否定しており、右のような事実はなかったものと認めるべきである。同控訴人の右供述は、本件看護記録中の脈拍の数値について、本件手術中にも注意を払っていたことを強調する趣旨によるものであると推認されるが、本村供述のような脈拍数の時期もあったことと矛盾するものでもないということができる。また、麻酔導入直後から執刀前の時間帯の脈拍の記載が看護記録にないのは不自然であることからも、この時期に右のような頻脈があった蓋然性は高いということができる。ただ、本村の述べる右脈拍数の時期が揺れ動いていることから、右時期を明確に認定することはできない。
五 本件手術についての控訴人らの過失の有無(争点2について)
1 一郎の心停止の原因について
(一) 《証拠略》によれば、医学的知見として次の諸点が指摘されていることが認められる。
(1) 全身麻酔は、程度の差はあれ、循環系を抑制し、その合併症も、一時的な不整脈から重篤な心停止まで多岐にわたリ、どのような患者にも合併症の発生する可能性があることを否定できない。頻脈、徐脈、不整脈等、どれもが心停止に移行する原因となりうる。小児は成人に比べ心停止発生の度合が大きく、わずかの原因発生を見逃したために大事に至ることがある。
(2) 麻酔中の心停止の原因は、<1>麻酔あるいは麻酔管理に原因するもの、<2>手術に原因するもの、<3>患者自身に原因があるものとに大別され、右<1>の関係では、麻酔の過剰投与、吸気酸素濃度の低下、換気不良、気道閉塞による窒息等の低酸素症、炭酸ガスの蓄積、自律神経の過度の刺激、交感神経・副交感神経の不均衡等が原因となり、右<2>の関係では、手術刺激による迷走神経反射、空気栓塞、出血性ショック等が原因となり、右<3>の関係では、冠不全、心筋梗塞、刺激伝導障害等の心疾患が麻酔中の循環障害を引き起こし、心停止の原因となる。
また、右麻酔中の気道閉塞は、舌根沈下、喉頭痙攣、気管支痙攣等が原因で起こることがあるが、舌根沈下による気道閉塞は、意識状態の悪い患児を仰臥位にすると起こしやすく、その症状としては、横隔膜の奇異運動、チアノーゼ等ですぐ発見できる。喉頭痙攣は、麻酔が浅く声門部の反射が残っている状態で、喉頭部を機械的刺激したときに誘発され、気管支痙攣は、麻酔中に発生する一種の喘息であり、副交感神経緊張状態にある時期に気道内に機械的刺激が加わると誘発される。
(3) フローセン、笑気等の麻酔薬は、不整脈を発生させることがあるが、低酸素症も不整脈の原因となり、心疾患を有する小児も不整脈を起こしやすい。また、頻脈は、浅麻酔、循環血液量減少(出血、脱水)、心不全等により発生し、不整脈とともに心停止に移行する原因となりうる。換気不全が生じた場合には、まず頻脈が生じ、その後心筋抑制が起きて徐脈に至る。したがって、その治療としては、原因の究明とともに、手術操作の一時中断、十分な換気等をまず行う必要がある。
(4) 血圧の上昇は、浅麻酔時の刺激、炭酸ガス蓄積等を原因として起こり、血圧の下降は、多量の出血、麻酔薬の過重、迷走神経反射等の神経反射、換気不全、心不全等を原因として発生する。但し、小児は血管の弾力性に富むため、出血による循環血液量の低下に対してよく反応し、なかなか血圧に変化を来さず、限界まできて急激に著名な血圧低下が起こるため注意を要する。また、低酸素状態であっても、それがストレートに血圧の数値に反映されず、心停止直前になって急激に血圧低下を来す場合があるので、注意を要する。
(5) フローセンを使用する麻酔では、フローセンの濃度を、〇・五ないし一・五パーセント程度、笑気の濃度を五〇ないし七五パーセントとして一緒に与えるのが通例であるとの指摘もあるが、小児麻酔において二ないし三パーセントのフローセン濃度は、必ずしも高濃度とはいえないともされる。しかし、結局は、麻酔の濃度や量の適否は、患者の個体差、吸入量、呼吸時間等に左右されるものといえる。
(6) 迷走神経の刺激による迷走神経反射により心停止が生ずることはあるが、その場合には、蘇生は比較的容易であり、一郎に施された程度の蘇生術で通常心拍の再開が生じる。
(二) 証人福増(甲二七を含む)は、麻酔導入時一郎に陥没呼吸が生じていたことを理由の一つとして、一郎に舌根沈下が生じ、これが低酸素症から心停止に至る原因となった旨供述している。
しかし、本村供述によっても、一郎がいわゆる気道閉塞から生じる陥没呼吸をしていたことを容易に認定できないのは前記のとおりである。のみならず、舌根沈下による気道閉塞の場合には、チアノーゼが生じることから発見が容易であるのが通常である(《証拠略》によれば、チアノーゼがないからといって、重篤な低酸素血症を除外できるとは限らないとされていることが認められるが、一般的にはチアノーゼが生じることを否定する趣旨ではないと解される。)とされているところ、本件手術中に一郎にチアノーゼが生じたことを認めるに足りる的確な証拠はないから、福増の述べる右意見を採用することはできない。
(三) 本件全証拠によるも、一郎に何らかの心疾患が存在した徴候があった事実を認めることはできず、むしろ、一郎には、手術中の心停止ないしは蘇生不能に結びつくような心疾患はなかったものと認めるのが相当である。証人村田洋が供述する、本件は、一郎に迷走神経反射による心停止が起こり、それが回復しなかった原因としては心疾患の存在しか考え難いとする意見は、まず、本件麻酔記録が信用するに足りるものであることを前提とし、控訴人石井らに通常の麻酔医が果たすべき注意義務の違反はなかったことを前提としている点で失当であるうえ、心疾患の存在についても推測の域を出ないものであることは、その供述の全趣旨から明らかであるし、本件全証拠によるも一郎に手術前から心疾患があったと疑うことはできないので、採用できない。
また、本件手術時において、一郎の喉頭部に機械的刺激が加えられた形跡はないから、一郎に喉頭痙攣や気管支痙攣が生じた可能性はないし、迷走神経反射による心停止の場合は一郎に施された程度の蘇生術で通常心拍の再開が生じるとされているのに、一郎に右再開は起こらなかったもので、かつ、一郎に心疾患はなかったものと認められることや、本件手術の施行経過等に照らすと、一郎の心停止の原因が本件手術(麻酔を除く)自体あるいは一郎の身体的疾患にあった可能性は否定されるべきである。
(四) 以上の検討からすると、一郎の心停止の原因は、麻酔薬の過剰投与による低酸素症ないし換気不全である蓋然性が高いものと認めるのが相当である。
控訴人石井本人(一、二回)及び証人村田洋は、マスク麻酔においては、マスク操作等により平均的に患者に吸入される麻酔薬は、投与濃度の半分程度になる旨供述しているが、一郎に対しマスクバンドでマスクを固定装着する方法で麻酔が施行されていたことは前記認定のとおりであるところ、右の方法による場合密閉性が高かった可能性が高く、時間の経過により麻酔薬が一郎の体内に蓄積され、それが一郎の心臓に悪影響を与えた可能性があることを否定できないものである。証人村田洋の述べるマスクバンドによる場合も必ずしも密閉性が高いというものではないとする供述は、あくまで一般論であって、本件の場合にもそのとおりであったということにはならないというべきである。
2 以上の認定、説示によれば、控訴人石井のような麻酔施行による手術の経験を多数回有する医師であれば、少なくとも一四時四一分の脈拍八〇(控訴人石井本人[一回]及び証人村田洋とも、注意を要する脈拍数の減少であることを認めている。)の時点において、小児である一郎の右脈拍数の減少からその異常を疑い、そのまま放置すれば心停止に至ることもありうることを予見することは可能であったということができる。血圧については、前記のとおり、本村退室後に有意な変動があった可能性はあるが、仮にこれがなかったとしても、本項1の(一)(4)によれば、右予見は可能であり、少なくとも右予見をすべき注意義務はあったというべきである。一四時一五分の一郎の脈拍数が一八〇の時点でも、右脈拍の上昇を執刀による影響と考えるには時間が執刀から一五分も経過していることからむしろこれを否定すべきである(証人村田洋によっても、右のとおり認められる。)ことから、一郎の異常を疑うべきであったということも可能かもしれないが、その五分後に脈拍が一二〇に下がっていることからすると、この時点での控訴人石井の過失を認めるには足りないというべきである。
そうすると、控訴人石井は、遅くとも一四時四一分の時点で、一郎の脈拍数から異常の発生を疑い、直ちに本件手術を中止して異常の原因を究明して、その除去のため麻酔の中止、換気の確保等の措置をとるべき注意義務に違反したものということができ、右注意義務違反がなければ、一郎の死亡という結果を回避できた蓋然性が高いものというべきである。
したがって、控訴人石井には民法七〇九条の規定に基づく不法行為責任があり、控訴人松本には、履行補助者の過失に基づく診療契約上の債務不履行責任がある。
六 損害(争点3)
原判決事実及び理由の「第五判断」の四(原判決六六頁三行目から六八頁八行目まで)のとおりであるから、これを引用する。
七 結論
よって、控訴人ら各自に、被控訴人太郎につき金三〇〇三万五〇〇〇円、同花子につき金二九〇三万五〇〇〇円とこれに対する昭和六一年四月一二日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるとして、右の限度で被控訴人らの請求を認容し、その余の請求を棄却した原判決は相当であるから、控訴人らの控訴をいずれも棄却することとする。
(裁判長裁判官 井関正裕 裁判官 前坂光雄)
裁判官 高田泰治は、転補のため、署名押印できない。
(裁判長裁判官 井関正裕)